« 2006年6月 | トップページ | 2006年8月 »

2006年7月29日 (土)

今日の出来事

出かけることにした。
14:00過ぎ。
Photo_37 車で出かけよう!

Photo_38   

家具屋にいった。
元ザウスがあったところに立てられたでかい家具屋です。
名前、忘れました。

Photo_40

こんな感じ。

Photo_39





で、その後イクスピアリに行った。
Photo_46









ごはん食べたのだけど、行った先のレストランには象やゴリラがいました。
魚も。

Photo_41


たまに動きだしたり、ほえたりする。Photo_44 

ゴリラ
入り口付近にいるゴリラ。Photo_45


これは立派な水槽です。
3メートルくらいあるかな(・_・?)


これらのほかにも天井から得体の知れない動物がぶら下っていたり、別のゴリラは時折ゴヘゴヘ言い出して動くし。
そうかと思うと突然部屋がビガビカして、嵐の演出。

楽しいレストランです。


肝心の食べ物を写すのを忘れてました。(>_<)

ただ、この店には「カカオのジュース」というのがあったので頼んでみた。
オレ:「すいません。カカオジュース1つ」
店員:「まずいですけどいいですか?」
オレ:「え?まずい?」
店員:「はい。まずいです」
オレ:「ほんとにまずいの?」
店員:「ほんとにまずいです」
オレ:「じゃぁ、ココアジュース1つ!」
店員:「かしこまりました!」

で、来たのがコレ。
Photo_47









どうやら栄養満点らしいが、味は評判が悪いらしい。
でも、飲んでみたらコレがまた、おいしいです。
ぜんぜんまずくないです。
普通の果物ジュースですね。

と、まぁ。
そんなこんなで1日が終わりました。

今日の休日の外出の様子。

| コメント (1)

2006年7月28日 (金)

当て字から学ぶ

「当て字」とは、音にあわせて字をあてはめていくことをいう。
この当て字から、「字」の意味がわかることもある。

例えば、「学ぶ(まなぶ)」というのは、「真似ぶ(まねぶ)」という言葉から来たらしい。
つまり「真似」することを続けると、それが身についてきて、その身についたことを「学ぶ」というのだ。
そして「身につく」ことから、「身につけること」を意味するようになり、それが「学ぶ」とい割れるようになったのだ。
要するに「学ぶ」というのは「何かを身につけるために、マネするところからはじめる」というニュアンスを含んだ言葉ということだ。

これに対して「習う」は「慣らう」だ。
何べんも同じことをしてなれることを「習う」という。

自ら積極的に何かを身につけるというニュアンスである「学ぶ」と、何度も反復して行うことで身に付けていく「習う」というのはどちらも「何かを教えてもうら」という解釈が取れられていることろは同じなのだけれど、そのやり方が違うといえるのです。

このように言葉を解析し、時には文字を分解して考えてみるといろいろなことが見えてくる。

また、「富士山」というのも、「不死の山」といういみで「不死山」といわれ、その後「富士」と名を変えたらしい。
「士(サムライ)が富む」という意味だろうか。。。

ところで、ある人が、「4つのシン」といっていた。
「シン」とは「心」「信」「真」「神」の4つ。

心(こころ)を大切にすること。
信じる、信頼する、信用するということを大切にすること。
それが真実、真理であって、
その心がけがあることが、神に通じる。

と、そんな意味らしいが、これを聴いた時すごい言葉だと思った。
私には「神とは心そのものなんだ」というように受け取れたからです。

神が唯一の真理であるかはわからないけれど、神はある意味人間があるべき姿の象徴であり偶像であることは明らかです。
すくなくとも「多くの人はそうあるべきでしょう」というのは通念的に理解されているし。

とすれば、心のあり方は、「信」を意識することで「真」が得られ、「真」から「神」となるというような関係を意味していると言えそうです。
これは、人生における「目的と手段」の構図を指し示していると思えます。
つまり「神になる」とか「神に近づく」という、所謂「いい人になる」的な目的。
そして「信・真」が手段。

これを三段論法に当てはめてみると、

思うに、「神は真である」。
とすれば、「真を得るためには、信が必要である」
したがって、「信は心で為すものである」
故に、心は神に通じる。

と、こうなる。

なんだかすごいことになってきたが、文字を「音」で読んでみて、その「音」にいろんな文字をあてはめていくことで、何かがわかることがある。

日々の小さな発見からこうしたことを感じることが多いのだけれど、こんなことでも「あ!そうか!」という風に発見があると、毎日が割りと楽しい。

| コメント (0)

2006年7月27日 (木)

今日のご馳走

Photo_34 すし屋の風景。
っていっても回転寿司。

Photo_35

エビフライ巻き

Photo_36

13皿。

ご馳走様でした。














~温故知新~

自分が「こうなのではないか」と思ったことが、正しいのか間違っているのかを確認したければ、歴史を紐解いてみればいい。

歴史は人生のマニュアルだ。

過去のいろんな人の考えや、その結果どうなったかが記されている。

そこから自分の考えと似たような事例を探して、その結果どうなったのかを見ていけばいいんだ。

占いよりよっぽど信憑性が高い。
誰かに「これって、どうかな?」って聞くよりもいい。

歴史は人類のデータベースなのだから。

| コメント (0)

2006年7月23日 (日)

お祭り

お祭りといえば盆踊りだ。

最近は、やぐらを組んで盆踊りというのも少なくなってきた。

Maturi これは巣鴨の盆踊り。

さすが巣鴨。

浴衣をまとったオバサンたちが上手にオボンダンスを踊っている。

最初はバカにして見ていたが、調子の良いテンポにつられてうっかりリズムを取ってしまった。

ヤ~ットナ ソレ! ヨイヨイヨイ~♪
ヤ~ットナ ソレ! ヨイヨイヨィ~♪

オバサンの振り付けを真似してると、オバサンに「こっち来て、一緒に踊りましょう!」と手招きをされる始末。

なんとババァに逆ナンされたぞ(゜o゜)

熟女好き!集まれ!
出会い系よりゲット率高いこと間違いなし!
おまけにお持ち帰りすれば浴衣のコスプレだぁ!
但し、ババァ。 オエ~(- -x)

しかし、最近の祭りは物価の高騰が激しい。

かつては1回100円だったテキヤの催しが、500円くらいになってる。
お面も1000円もする。

おいらがガキの頃から5倍は上がっておる。
昔は1000円もあれば十分に遊べたのだが、最近では3000円以上は持っていかないとロクに遊べないぜ。

ま、もっともいろんなおもちゃ買っても、帰宅と同時にゴミなんだが。。。

この現象、恐らくは、テキヤ業界のインフレであろう。
そもそも、祭り開催場所自体が減っていて、なおかつテキヤの出店も少ない。

出店回数が減少すれば、1回で得られる売上にかかる比率を高くしなければならない。
すると、必然的に売上単価を上昇させる必要があろう。
しかし、消費ターゲットであるガキが所持する金額には限度がある。
とはいうものの、ガキはテキヤを楽しみたいわけだから、その分、親や爺ちゃん婆ちゃんに小遣いをねだる。
ここに需要があるのだ。

この需要に対して供給者たるテキヤが少ない。
そこで、インフレ化が生じるのだ。
ある意味「売り手市場」である。

テキヤ側からすれば、少子化ないし、祭りの減少により需要は減ったといえども、供給者、即ち競合他社も減少しているといえる。
現存しているテキヤは、地縁的結合あるいは老舗的存在、強力なバックボーンを持った強力なテキヤであろう。
こうした出店に関する優位性を持たないテキヤはどんどん倒産に追い込まれ、テキヤ業界内での淘汰が起きたものと見られる。
これは、銀行やISP業界の統合にも似ている。
やはり弱者は排除され、強者のみが存続するという構図だ。

このようにしてテキヤ業界は淘汰され一部のテキヤのみが独占的市場を得られたのであろう。
それ故、単価を上げたとしても、需要は満たせるのだ。
ここにある種の寡占/独占市場が形成されるのだ。

よって、単価があがっても、ある程度の収入は期待できる。
こうしたテキヤ経済的背景があるのだろう。
これも様々な市場におけるパレート効果だろか。

| コメント (1)

JFK推奨

これはうまい!

Tantanmen_1

従来のエースコックは汁はウマいんだが、麺がいまいちだった。
しかしこれは麺もウマい。

ちょっと味が辛めだったので、辛いの苦手なひとはラー油は控えめにしたほうがいいかもね。

| コメント (0)

2006年7月21日 (金)

活人

人には良いところと悪いところがあります。

多くの人は、その悪いところを指摘することが指導だと思っているように思います。

しかし、指摘や非難は、その人にとってたいした役にはたちません。

責難は成事に非ず。

非難や責任転嫁をするだけでは何もしたことにはなりません。

その人にとって、何が必要なのか、「やるべきこと」を具体的に呈示することを以って、かつ導くことこそが成事といえるのです。

そして、その人にとって「やるべきこと」を為さしめ、成功に導いてこそ成事といえるのです。

これを「活人」と云います。

指導とは、その使われていない能力を「活かす」ことです。

指摘することや非難、批評、評価することではありません。

その人の、能力が活動し始めてこそ、指導なのです。

| コメント (0)

ブッタが豚をぶった

豚料理専門店Buta

そして、梅酒の種類が80種類。

お勧めは「梅太夫」。

注文したときにうっかり「すんませ~ん!小梅太夫1つ!」って、注文したら、バイトの兄ちゃんもうっかり、「はい!小梅太夫ですね!」と。

バイトの兄ちゃんはカウンターにいって、「小梅太夫ひとつはいりま~す!」と。

カウンターの向こうから、「え?梅太夫だろ?」という確認の声。

バイトの兄ちゃん、、、、「プププ(笑」

我々の席にもってきてくれたとき、「小梅太夫のお客様ぁ~!」。

一同爆笑。

豚専門店は、気が利く店員がいるぞ。
ウレチィ~!!

| コメント (0)

2006年7月17日 (月)

「ザウルス」という意味

恐竜の名前によく出てくる「ザウルス」あるいは「サウルス」というのは、どうやらラテン語の「トカゲ」という意味らしい。(saurus)※sauros =ギリシャ語の「トカゲ」

とすると、「ティラノ-サウルス」は「ティラノ-トカゲ」ということになる。Rex
「ティラノ」というところは、「暴君」という意味らしい。
要するに「暴君トカゲ」だ。



この他にも、ステゴザウルスとか云うのもいたな。

たしかこんな感じ。
Photo_31






こいつら、「トカゲ」なんだなσ(・_・*)

| コメント (0)

今週の大食いチャンピオン

Photo_30

食べたのは会社のメンバー。
やせているが、大食漢!(おおぐいオトコ)

だけど~、すげぇのは、それだけじゃねぇぜ~。

「今までの最高は、回転寿司40皿のときッスね!」
 ↑

80貫だよ!80個!

カレは、今のチームのチャンピオンですσ(^・^*)

| コメント (0)

2006年7月11日 (火)

こどもの遊び

子供のころ、いたずらで「ピンポンダッシュ」というイタズラをした人は少なくないだろう。
インターホンを使った遊びである。

しかし、実はもっと面白い遊びがあるのだ。
従兄弟のN子と発明した遊びだ。

どんなあそびかというと、「インターホンから通行人に話しかける」という遊びだ。

やり方はこうだ。

一人が道を見張っていて、通行人が玄関前のインターホンのそばを通過しそうになったら、室内のインターホンの前でスタンバイしているもう一人に合図を送る。

合図を送られた方は、インターホンの受話器をとって、話かけるのだ。

「ちょっと!そこの人!」

っていう感じだ。

そして、通行人の反応を楽しむのである。

時には、突然歌いだしたりしてみる。
歩いている人は、突然話しかけられたり、歌が聞こえてきたりしてびっくりするのだ。

これは実に面白い。いろいろな反応をする人がいる。

近寄ってくる人や、小走りで逃げる人。
あたりをキョロキョロと見回す人。

実に様々である。

特にババァの反応が面白い。

インターホンに近寄ってくるのだ。

で、「なんですか~?」と聞いちゃったりして。(笑

しかし、このイタズラにはすごい欠点がある。

犯人が「その家の人に決まっている」ということだ。

しかし、そこは子供。

そんなことは全くお構いなしだ。

大人の皆さんは、やらないことをお勧めする。
なにが起こるかわからないから・・・・。

| コメント (0)

2006年7月10日 (月)

選び方を学べ

人は常に選択しながら生きている。
今日食べたいご飯。
見たいテレビ。
着たい洋服。
欲しいもの全部。

やれ!って云われたことをする事だってそう。

全部洗濯している。
強制された事だって、その「強制に従う」という選択をしているのです。

自分がする事は、全て自分によって選ばれているのです。

失敗したとき、「あいつのせいだ」とか「こうしておけばよかった」と思うことも少なくない。
でも、あとで違う選択をしていれば、違う結果が出てたであろうことは想像にたやすい。
確かに、複合的要素によって、一見自分の選択でないように思えるときも多い。

けれども、やはりそれも自らの選択によるものだ。

反面成功したときもそうだ。
誰かに何かをしてもらったとしても、してもらうことを容認しているからこそ、その成功を得られたのだ。

人は、「自分で決めて選ぶ」という行為を意識的にも、無意識的にも行っているということを認識するべきではないだろうか。

本当の意味での「無選択」という事はありえない。

「選ばない」というのですら、「選ぶ」か「選ばない」かのどちらかを選択しているのです。

もし、上手いことやりたいなら、うまく選択すればいいのです。
そのために何が必要かを考えてみることです。

何かをするときに、「しない」「選ばない」という選択肢を含め、何をどう選んだらいいのかをまずは考えて見ましょう。

人が成功するか、失敗するかは、「いかなる選択をしたか」に拠るにすぎません。

まずは、「選ぶ」という単純な原因を認識して、結果を求めるのです。
これは、因果関係であって、因果の応報にすぎません。

求める結果から、その原因を探り、原因となる選択肢を選択する。
これが、成功する秘訣です。

温故知新
(古きをたずね、新しきを知る)

上手な選択をしたいのであれば、歴史を紐解き、その歴史から選択するときの情報を探すのが良いでしょう。
人類1万年の歴史の中には、今直面しているのと似たシーンがいくらでもあるはずです。

変化万端と雖も理は一を成して貫く。(太極拳経)

いろいろと形を変える歴史ですが、その因果関係の数はたかが知れているはず。
自分がどのような因果関係を作りたいか。

其れを選ぶだけのことではないでしょうか。

| コメント (0)

都合のいい言葉にだまされる

よく「それちょっと難しいねぇ」と云う人がいるよね。

コレって、「できません」って云ってるのと同じだよね?
では、「難しい」とはなんでしょう?

簡単じゃないこと?
出来ないこと?

確かに広辞苑にも「簡単に解決しないこと」とある。
しかし、こうも書いてある。

 「めんどうである」

ホレミロ。
結局はやりたくないってことさ。「難しい」っていうのは。

「難しいねぇ」が口癖になっている人はすぐに直そう(*^ー゚)b

★「難しい」のわたし的解釈★

「難しい」の反対は「簡単」である。
「難しい」という言葉を、「慣れてない」と読み替えて解釈する。
慣れてないことは、簡単ではない。
慣れていることは、簡単に出来る。
ゆえに、簡単に出来ることは、慣れていることである。

例:
A:これ、できる?
B:難しいねぇ・・・

これを読み替えてみる。

A:これ、できる?
B:慣れてないからねぇ~。

おなじ意味だよ。これは。

で、何がいいたいかというと、「難しい」という言葉を使って、都合よく逃げてはダメってことです。

慣れてないなら慣れるまでやればいいんです。
「難しいからできません」というだけでは、いつまでたっても難しいまんまです。

「慣れてないから」という発想は、なんで出来ないのかという理由に直結しています。

それ故、「慣れればいいんだ」という発想につながりやすいんです。

その次には、「なれるためにはどうすればいいのか」っていう発想が出てきて、さらには、「じゃぁコレをすればいいんだ」というように、解決方法にたどり着く。

いや、たどりつき易いのです。

自分自身に都合のいい解釈をしていては、いつまでたっても自分は変えられない。
自分を意識的に変える事が出来ないのなら、なりたい自分になりにくい。
世の中難しいこと(出来ないこと)ばかりで、自分で出来ないことがたくさんあることに気づいて、卑屈になる。
「どうせ、できないよ」って。

言葉一つ解釈を変えるだけで、見え方が変わります。
そうすることで、出来やすい事がたくさん増えて、いろんなことが出来るようになってくる。

そうすれば、楽しいことも増えてくる。

面白き事なき世の中を面白く、
       すみなすものは、心なりけり。

都合よく自分をだまさず、いろいろなことを知り、自らの視野を広げ、面白いことを見つけることに、楽しさを見出す。

「すみなすものは、心なりけり」哉。

| コメント (0)

やらない理由

「やらない理由はいりません。」
いつも私は、皆にそう言っています。

どういうことかというと、何かをするときに、「そんなことできな~い」とか、「やらないほうがいいよ」というように、すぐに「やらない理由」をあげて、やろうとしない。

特に、「しない方がいいと思う」というのは問題だ。
これは、大抵の場合、本人の「したくない」という気持ちの表れです。

「しない方がいい」なんていう言い方をして、しないことを正当化しようとしてるだけ。
もし、本当にしない方がいいのなら、「今はしない方がいい」とか「するならこういう条件を整えるべきだ」という意見が出るはずです。
もっといえば、「それをするためには、Aが必要だね。だからまずAから取り掛かろう」というように、すぐに着手しないにしても、何か行動を起こすはずだ。

しかし、「しない方がいい」という人は、それをするための必要条件を与えても、一向にやろうとはしない。
「こうすれば出来るんじゃない?」と促しても、「だって、それは大変だし、効果に見合わない」とか、「そんなことしても無駄だよ」とか、徹底的に否定してくる。

なにかをやろう!といったときに必要なのは、問題点を列挙して、リスクを検討することじゃないんだよ。
まず、それやるには何が必要かを考えるんだよ。

その上で、問題は何かを検討する。
リスク検討は後だ。

まずは、「それをやるには何が必要かを考えること」が肝要なのです。

| コメント (0)

JFK 創作料理

JFK クッキングの時間です(*^ー゚)b

今日は、おなじみの「カスタムWチーズバカ」と「和風フィッシュバーガー」です。

≪≪気になるお値段≫≫
チーズバーガー: @100円×2=200円
調理料: 0円

≪≪材料と作り方≫≫

【カスタムWチーズバーカー】
材料:
 ・チーズバーガー2個
作り方:
 チーズバーガーを分解して、重ねるだけ。

【和風フィッシュバーガー】
材料:
 ・チーズバーガーのあまったパン。
 ・さんまの缶詰
作り方:
 カスタムWチーズバーガーを作るとパンが余るので、それを使います。
 しかも、両方とも下。(パンの下の方2枚ってこと。)
 そして、缶詰を開けます。
Photo_28









次に、こいつの中身をパンに乗せる。
Photo_29

さんまのタレが、とろ~り♪

ん~。 まずそう(*^ー゚)b





左うしろの方に見えているのをかぶせれば出来上がり。
ちなみに右後ろにみえているのが、カスタムWチーズバーガーです。

≪食べる≫
さて。
気になるお味は・・・・。

ん(・_・?)
なんじゃ?

さんまの蒲焼の、タレの味しかしねぇ(@_@;)
なにせ、缶詰のさんまにゃぁ、味がしっかり、バッチリし見込んでいやがる。

うん。
ま、こんなもんかね。

食えない事はないが、楽しめる味とはいえそうもない。
ってゆーか、もういい。

おかわりは、、、、、いらない。(>_<)

≪≪所見≫≫
さすが、ジャンクフードの塊だ。
予想通りの味。
しかし、JF指数は低くないね。

ただ、「牛肉の大和煮」をはさんでも、かなり近い味になりそう。
しょせん、缶詰の限界だろうか。

なお、この「さんまの缶詰」を、「緑のたぬき」にコラボすることで、京都名物「にしんそば」に近い味が出せそうだ。
(こういう想像が、JFK魂をくすぐるところだ。)

以上、7月のJFKレポートでした(^ー^)ゝ

| コメント (0)

2006年7月 9日 (日)

夢中

誰でも経験があるだろう。

夢の中でおしっこをしている。
それはおしっこがしたいというサインだ。

ハッと気が付くと、膀胱は大変なことになっている。
飛び起きて、トイレに駆け込むことになるのだ。

ある時俺は夢をみた。。。。その時は夢とは気が付かない程現実的な風景。
自宅のトイレに俺はいた。

おしっこをしている。
トイレにはいって、いつも通り用をたしているのだが、ぜんぜんとまらず、出っ放し!

かれこれ1分、いや2分以上は経過している。
量にしたら3リットルには達しているだろう。。。。

このあたりで「ん?」と思い始めるのだ。
「はて?妙に長いぞ?」と。

そして次の瞬間、下腹部が異常に張っている感覚に見舞われる。

ここで気が付くのだ。

「あ!やべぇっ。モレる!」

そして、電光石火。 瞬間移動とも言える速度でトイレに駆け込むのだ。

モレをうなのを夢で知らせる。
人体の機能はすごいぞ。
寝ている時に「漏れますサイン」を送っているのだから。

しかし、驚くのはそれだけではない。

ウンコでもそうなのだ。

ある時俺は夢をみた。
ウンコがとまらない夢だ。

長さにしたら、2メートルは超えたであろう。Photo_27
というか、その時の夢は、便器からウンコが溢れるくらい出た夢だった。

便器内が一杯になり、ケツスレスレまで出したウンコが迫ってくる。
「ヤバイ!コレじゃ詰まっちゃう!」と思った瞬間に気が付いた。
そして、トイレにダッシュした。

なんとケリだった!

このように、「出るもの全て」夢に出るのだ。

実をいうと、ゲロをしている夢も見たことがある。
ヘベレケに酔っ払って寝たとき。
多分気づくのが1分遅ければ寝ゲロだったであろう。

その時も同じだ。
ゲロがとまらないのだ。

ゲロゲロしたままとまらないので、「ヤバイ!窒息する!」と思った。
しかし、俺はおしっこの夢とウンコの夢を見ていたおかげで、このテの夢の実情を知っている。

ヤバイと思いつつ、「フフフ、夢め!わかっているぞ。ゲロをさせたいんだろ?」と考える余裕すらある。
これはまさしく経験則。

俺は布団から起き上がり、ゲロをしようと・・・・。

しかし、まだ酔っ払っていた。(だからこそのゲロ夢)
起き上がれない!(これは本当にヤバかった。)

やむなくホフク前進することにした。
しかしトイレは以外に遠い。
むしろ窓の外の庭のほうが・・・。

俺は決意した。

ホフクしたまま窓の外へいこう!庭に放とう!と。
しかし、扉には10センチ程度のハリがあり、それをホフクで乗り越えなければならない。
覚悟を決めて、一気にハリを飛び越え、ローリングして庭へ着地。
着地と同時にうつ伏せになり、発砲。
Gero まるで巨神兵の一撃。

こうして一命を取り留めたのだ。



夢には「正夢」「逆夢」「予知夢」など、いろいろな夢がある。
しかし、今回ご紹介した夢は「正夢」であり「予知夢」でもある。

「夢が現実になる」とか、「夢が実現する」というと、なんだか聞こえがいいが、こんな夢はイヤです。

「夢見がちな少女」という言葉がある。
だが、少女が見ている夢がウンコとまらない夢だったら。。。
そんな少女イヤ。

昨日、嫁を起こそうと「おきて」と話しかけた。
嫁は答えた。

「夜中におしっこいくと、寝坊できるよね」

アホか。
朝一の発現がコレだ(-_-;)

皆さん。
寝る前にはトイレに行っておくことをお勧めします。
できれば夜中に一度おきて放尿を♪

そうしたら、朝寝坊しても大丈夫!

| コメント (0)

2006年7月 6日 (木)

Ju Ge Mu

寿限無寿限無、五劫のすりきれ、海砂利水魚の水行末、雲来末、風来末、食う寝るところに住むところ、やぶらこ うじのぶらこうじ、パイポパイポ、パイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ、グーリンダイのポンポコピーのポンポコナの長久命の長助

| コメント (0)

2006年7月 4日 (火)

兜蟲

先日、おあむし君を紹介したが、今度は兜蟲君だ。

Vfsh0015 生まれた。
ってゆーか、孵った。






Vfsh0016











Vfsh0017










Vfsh0018











Vfsh0019








まるで「自由研究」だ。

ちなみに名前は「カブト君」らしい。

実にベタなネーミングだ。

| コメント (1)

2006年7月 2日 (日)

あおむし君

ウチにいるのだ。
あおむし君が。

Photo_25

こいつは、たぶんクロアゲバの幼虫です。
ウチのガキと嫁がもらってきたらしい。

アゲハの幼虫は、卵から帰ると、全部で5段階の成長を遂げます。
タマゴから孵ってから、第四段階までは黒いイモムシ君なのです。

Photo_26

こんな感じ。

今、あおむし君が1ぴき。
くろむし君が3びき。

いつごろチョウになるのだろうか。。。

そういえば、子供の頃、よく飼ってたっけねぇ。。。
懐かしいです。σ(^・^*)

| コメント (0)

« 2006年6月 | トップページ | 2006年8月 »